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●秋日和・谷町ウォーク 
  2005年10月15日(土) 実施

◇難波宮

朝方から降り出した雨が受付開始時間の10:30になっても止まず、ツアーの実施が危ぶまれました。中止も考慮しましたが、小雨だったので、コースの短縮も視野に入れつつ決行することに。

当初参加者は5名。谷町4丁目にある「大阪歴史博物館」から本日の町歩きは始まります。
その名の通り、歴史をテーマにした博物館ですが、大阪の町を知ってもらうためのポータルサイトとしての役割も担っています。
古代から近代に至るまでの町並み、建造物の再現は体験型博物館としてボリュームいっぱいです。天神橋筋六丁目にある「大阪くらしの今昔館」とあわせてぜひ訪れて欲しい所。
難波宮地下遺構

11時より博物館ボランティアによる難波宮地下遺構のガイドが開始です。
7〜8世紀に築かれた古代宮殿の跡は、その一部が発掘時の姿のまま、見学者用に保存・展示されています。これを案内する20分間のツアーで1日6回、休館日以外は毎日行われていますが、利用者が少ないのが悩みの種だとか。
ツアーの参加者で、歴史好きでこの博物館には何度も訪れているけれど、遺跡ガイドは初めてという方がいました。それだけ、あまり知られていないコースでもったいない気がします。
柱をイメージした行灯の下に広がる地下の遺跡を初めて見て、みなさん興味深げでした。

◇熊野街道と太閤下水

博物館を出て、中央大通りを西に向かいました。断続的に小雨が続いています。
谷町筋より西へ2本行った御祓筋に入ると、道沿いに「熊野街道」の碑が建っています。
平安後期から中世にかけて大流行し、「蟻の熊野詣」と呼ばれた南紀・熊野へ続く道がこのあたりを通っていたらしい。先ごろ世界遺産に登録された熊野古道ですが、そもそもの出発点は京。舟で淀川をくだり、天満橋の辺りで上陸、南下するというのが一般的なルートでした。

背割(太閤)下水そうした思いを馳せながら道を進むと、程なく南大江小学校です。
この小学校の敷地内を、豊臣秀吉が大阪築城の際に築いたという背割下水(太閤下水)が通っていて、見学施設が設けられています。
ここを管理する大阪市下水道技術協会の船間澄幸氏に施設の案内をしていただきました。
現在は暗渠となっている下水への階段を下りると10名程度入れる広さの見学スペースがあります。両側が石垣で護岸処理された背割下水は、現在も下水道として使用されていて、東横堀川へ流れているとか。背割とは建物の裏側、すなわち背中合わせになった所を割って下水溝が通されたことをいうそうです。
船間氏によると、 このように現在も使われている背割下水は大阪市内で20km.に及ぶそうです。
現代も尚活用され続けている歴史遺産があるのですね。ちょっとした驚きでした。

◇空堀界隈

ここから熊野街道を更に南下して空堀地区に入ります。
その入口に当たる長堀通り北側の石段の上に榎木大明神と呼ばれる神木と祠がありました。
古くから地域住民の信仰を集めた神木で、ご神体は白蛇であるとか。
大阪大空襲の際には、北から迫ってきた戦火がこの榎木大明神の地点で止まり、その霊験が改めて語り継がれることとなったのです。空堀の古き町並みが残ったのは、「えのきさんのおかげ」と語る地元の方もいらっしゃいます。

祠のすぐ下には直木三十五の文学碑が建っていました。榎木大明神
直木賞の名の由来ともなった割りに、その文学作品が読まれておらず、ある意味忘れられた作家となった感のある直木三十五はこの界隈で生まれ育ちました。そんな郷土の作家の足跡を顕彰するため、複合ショップ施設「萌」内には直木三十五記念館があります。

ツアーは空堀地区を周回して自由行動のランチタイムに入りました。
お昼時で歩き疲れたこともあって、そろそろみんなの顔に疲れの色が…

空堀の名の由来は、秀吉が大坂の町を取り囲むようにして惣構えという堀を開削した、その南側の堀で、平時は水を通さない空の堀だったことによるそうです。
古い町屋や路地、石畳の坂道が残るまち、そうした町の資源を活用してできた「惣」、「練」などの複合ショップの効果もあって一躍注目のスポットとなった空堀。
ですが、あくまでもくらしを感じさせる生活の場です。それを象徴するのが、まちの中心を横断する商店街です。坂道のある商店街としてもユニークですが、そこで暖簾を掲げるお店も魅力的なものばかりなのです。

化学調味料が氾濫し、天然の旨みが忘れられていく現状を、食文化の危機と訴え、本物の味を買いやすい価格で提供することをモットーとして営業を続けるこんぶの「土居」さん。コミック「美味しこんぶ「土居」にてんぼ」でも取り上げられました。
同じく、「宇治茶園」の宮下明夫氏はペットボトル茶全盛の中、その安全性に疑問を投げかけ、健康でリーズナブルな日本茶の正しい知識を広めようと、各地で講習会を開いています。この日も店内で即席の日本茶講座を開いていただきました。
その他、うまいもん屋やこだわりの店は枚挙に暇がありません。
全員、この空堀界隈での会食を楽しみにしていたようで、思い思いのランチタイムを過ごしました。
私は昼食に江崎商店のイカ焼きを食べましたが、瀬戸内海産であるというこの店のイカの柔らかさに堪能!です。

◇寺町・谷九へ

ランチの後は「練」に集合しツアーを再開。中寺町を通って高津宮へ向かいました。
寺町はこれも豊臣秀吉が大坂防衛の盾とするため、各地に点在していた寺社を大坂城の南に集中させて作ったまちです。高津宮も生國魂神社もこの時に現在地に移転させられてます。
振り返ってみると、今回は秀吉による大坂の都市設計の足跡を辿るツアーでもあったのですね。

この中寺町を歩いているときに雨脚が激しくなってきました。もうずぶ濡れ状態になって、結果的に高津宮・生國魂神社ともに駆け足での訪問となりました。
大坂の伝統芸能にゆかりのある両社であり、高津宮ではこども文楽教室や落語会が定期的に開かれ、生國魂神社では毎年、上方落語の祖といわれる米沢彦八にちなんだ彦八まつりが開かれています。井原西鶴像もこの境内にあります。

予定通りの午後3時に、生國魂神社にてツアーは終了。生憎の雨で、”秋日和”にはなりませんでしたが、多少はこの地域の魅力を伝えることができたのではないでしょうか。
おつかれさまでした〜


生國魂神社
                                     


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